flowers | 日日是好日

日日是好日

毎日を、「いい日」にしたい。

今日は友達と、映画「flowers」を観てきました。

友達と会う、が先にあって、後からついてきた映画なので
正直、とっても観たいというかんじではなかったのだけど。

結果的に、すごくすごくすごーーくよかった。

三世代にわたる、女性たちのお話。
昭和の初め、中頃、そして平成。

女性が向き合うべき現実は、男性のそれよりも激しく変化してきました。

家庭に入ることが、生きることだったころがあり。
男性しかいないような職場で働くしかなかった時代があり。
そして、仕事と恋愛と家庭を持つことすべてのバランスをとらなければならない今がある。

うまれ落ちる時代は、選べない。
映画の中の女性たちはみんな、与えられた現実とまっすぐ向き合って、強く生きていました。

そして、全部をつらぬいてるのが、愛だった。と思う。
自分以外の誰かを心から大切に思うこと、というか。

だから心にずんときたのだと思う。

泣ける!ってあおる映画は、信用していません。
この映画は、目から水が勝手にでてくる映画です。

仕事に生きるとか、家庭に入るとか、そういう言葉上のことじゃなく
自分の生きてる半径5mくらいのすべてのことを、愛しく思えるかどうか。

それだけのことなのかもしれない。

仕事ばかりしていたら、結婚できるかどうか不安になる。
家庭に入ったら、社会においていかれそうで不安になる。

そんなかんじのような気がするけど
誰にどう思われるか、を全部ぬきとってみたら
手の届く範囲のことが、好きかどうか、だけが残るんじゃないかって気がする。

それだけでいいような気がする。


そして、命はつながっていくんだなぁと、思いました。

命の鎖の中に、いるのです。人類もれなく、みんなが。

一人ぼっちだ、と思っている人もみんな
ずっとずっと太古の昔からつづく鎖の中にいる。

人生とは、みたいなことはよくわからないけど
ずーっとつづくこの鎖の一部なんだ、って
それだけなのかもしれない。


むかしは、女であることが嫌だった。
心底、嫌だった。

けど今は。

嫌なこともあるけど、それを嫌とかうれしいとか
そういう言葉で語ること自体、ちょっとちがうのかもと思う。

選べずに、ここにいる。
うまれる時代も、家庭も、もちろん性別も、ある程度の性格も、見た目も。

これは、全部人からもらったもの。

それを認めることから、始まるような気がする。

そしてこの映画の女性たちはみんな、そうしていました。
それが、ほんとに強いっていうこと なんだよなぁ。


とにかく、これは人にすすめたい。
観に行く価値があるよ、と。